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中国版D2C「私域」調査研究レポート(1)
SNS時代の王道マーケティング「私域」徹底研究
2021年5月3日
中国版D2Cはいかに微信を活用するか!!
SNS時代の王道マーケティング「私域」徹底研究

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  日本でも最近話題の「D2C」。D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、「消費者に対して商品を直接的に販売する」というビジネスモデルのことだ。B2BやB2C、C2Cなどは企業や消費者など「誰と誰の取引であるか」を表した取引形態だが、D2Cはどちらかというと「どのように取引をするか」によりフォーカスしているのが特徴だ。

  ダイレクトという文言の通り、既存の小売・流通店やECプラットフォームなどを介さず、自社で企画・製造した商品を、自社のチャネルで直接販売する業態を指す。

  2010年頃にアメリカで登場したD2Cだが、注目されるようになったのは、主にスターアップ企業がブログやSNS(ソーシャルサイト)などを駆使して成功を収めてからだ。ビジネスモデルとしても十分に成り立つことを証明し、最近では大企業やメーカーもD2Cの展開に乗り出している。

  D2Cが流行りだした背景には「デジタルシフト」がある。かつてテレビCMや新聞、雑誌などから各種情報を取得していた消費者は、インターネットの普及でウェブサイトへ移行。さらにはスマートフォン(スマホ)の登場で、SNSが重要な情報収集手段となった。

  スマホで得た情報から直接EC(電子商取引)サイトへアクセスし、注文、デリバリーが一般化した昨今、消費者だけでなく企業のほうも、こうしたデジタルシフトに対応しているかどうかが至上命題となった。

  また新しい消費者層として存在感を高めつつある1995年以降生まれの「Z世代」の存在が欠かせない。先月号(20年6月号)でも特集したZ世代。デジタルどころかソーシャルネイティブとも称される若者たちは、自分だけのユニークな商品を好む。

  スマホ・SNSで商品だけでなくブランドストーリーや信念、こだわりなどの情報も発信。 “スモールマス”(ニッチな市場ニーズ)ながらもロイヤルティ(忠誠心)の高いファンに支えられ、存在感を高めつつあるD2C。では中国でのD2Cはどのような状況なのか…。

  今号では、このD2Cが中国でどのように展開・運営されているのかについてフォーカスしていこう。

中国版D2Cである「私域」とは?
ブランドではなく “売り方”に着目

 D2Cを語る際に、日本やアメリカなどでは既存のメーカーやブランドと区別して、D2C専門の「D2Cブランド」が取り上げられることが多い。

 アメリカのコスメブランド「GLOSSIER」やメガネの「Warby Parker」、寝具の「Casper」など 、いずれもブランドの立ち上げから製造、顧客への情報発信、広告、マーケティング、購入までを自社サイトで完結させ、人気となっているのが「D2Cブランド」だ。

 一方、中国ではブランドではなく、より「売り方」のほうに着目して語られることのほうが多い。つまり既存の大手メーカーや著名ブランドを含め、自ら構築したネットワーク・コミュニケーション網をいかに活用して、商品を直接消費者に購入してもらうかという手法のほうだ。

 それが、中国で「私域」と称されるネットワーク網だ。「私的」な「網域」の略で、「プライベート・ネットワーク・ドメイン」という直訳になるだろう。

 一方、淘宝(タオバオ)や天猫(Tモール)、京東(JDドットコム)、百度(バイドゥ)など既存のネット・EC大手は、「公衆(パブリック)」ということで「公域」となる。 まさにこうした公域に依存しない独立した情報網、つまり顧客との接点をいかに自社ネットワーク化するかが、中国でも注目されている。

 2020年3月時点で、中国のインターネット人口は8.54億人。そのうちスマホユーザーの数は8.47億人だった。インターネットの普及率は全人口の60%を超えた。

 成長続く中国ネット人口だが、新たな「トラフィック」、つまり新規ユーザーが容易に増やせなくなりつつある。

 ここでトラフィック(Traffic)とは英語で交通を意味するが、ネット業界では、「ネットワーク上を流れる情報(データ)の量」のことを指す。中国語では「流量」と称すが、具体的にはSEO(検索エンジン最適化)関連の「訪問数」や「閲覧数」といった意味合いとなる。

 つまり、ウェブサイトやSNSへのアクセスから閲覧、コメント、リツイート、購入などあらゆる行動がデータ量として計算されるのだが、近年は中国でもネット上に情報が氾濫していることから、新たなトラフィックの獲得が困難になりつつある。

 トラフィック獲得コスト(TAC)も高騰する中、中国のインターネット業界では、いかに“既存”のユーザーを運営するかが勝敗の鍵を握るようになった。

 しかしここで既存ユーザー、つまりリピート客をいかにプールするかというCRM(Customer Relationship Management)戦略は、別に真新しい考え方ではないと思うだろう。

 中国で改めてCRM的な発想である「私域」が脚光を浴びている背景には、中国EC業界特有の商慣習がある。つまり中国EC市場を牛耳る淘宝・天猫、京東など大手ECプラットフォーム各社では、ユーザー情報はすべてプラットフォーム側に帰属するためだ。

 各ユーザーの基本情報から閲覧・購入履歴、決済状況などあらゆるユーザー情報はプラットフォーム各社がしっかりと“握って”いる。潜在顧客開拓のためターゲット別に訴求するためには、リスティングなどの広告出稿が必要で、またセールやキャンペーンなどへの参加要請や割引価格などの負担も少なくない。

 その結果、売上は立つがその分支出も多い、よって収支はトントンという出店企業も多い。そこで低コストながらきめ細かいユーザー管理が可能な「私域流量(プライベート・トラフィック)」(※以下、「私域トラフィック」)の構築が、多くの注目を集める要因となっている。

 私域トラフィックの獲得に躍起になっているのは、メーカーやブランド、小売流通企業ばかりではない。微信(ウィーチャット)や淘宝・天猫などネット大手各社も、この新しい領域の開拓に邁進している。私域トラフィックは、現在の中国で、最もホットなキーワードの一つとなっている。

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